走り遍路で使っている靴下(ソックス)

OLENO「アルティメット」 2,500円(税別)
OLENO「アルティメット ASO」 (写真) 2,700円(税別)

靴下の底面に滑り止めが施されている製品です。
足先が詰まって足の爪を痛める方にお勧めです。丈夫な素材でしっかり作られており耐久性もあります。

私は、特に山道を走って下るときに足の爪を痛めることがあります。疲れてきたりすると足さばきが追い付かなくなって、ブレーキを掛けながら走るようになり、靴ひもをきつく締めていても、靴の中で足が前へ滑って足先が詰まるのです。

私が今使っているのは「アルティメットASO」(写真)です。タイトな作りで締付け感が強いため、お遍路で使用する分には緩めの「アルティメット」の方がいいかもしれませんが、まだ使ったことはありません。

もっとも、こうした滑り止めのある靴下は、一般的にはさほど必要ないかもしれませんが、状況により有用なものです。

明けましておめでとうございます!2020年


お遍路をはじめてみたら、良いことばかりです。
取り組み方が良かったのかもしれません。

私としてはもっともっと良くなっていきそうな気もしますので、今後もいろいろ試していきます…

人もさまざま、取り組み方もさまざま、自分らしいやり方を見つけて、明るく・元気に!お遍路することがポイントだと思っています。


【補足】
・いろいろな修行がありますが、四国遍路はその選択肢の一つです。私は縁あって、お遍路をしています。
・「現状に満足することで“いま”をラクに楽しく生きられ、“徳”を積むことで“縁”に恵まれて人生が良くなる」と教えられたことがあります。確かに、現代人は見栄えのいい生き方をしようと常に欲張って、欲に苦しめられ疲れています。現状のあらゆることに感謝できる心を持つことによって欲(煩悩)が抑えられると思います。まずはそのような心持ちになるための修行が現代人に必要なのかもしれません。そして、その“感謝”の心で“徳(見返りを求めない善行)”を積めば、良い“縁”にも自然と恵まれるのでしょう。

へんろ道について思うこと

(注)過去に投稿した内容を上書き修正しました。

幹線道路のへんろ道は、できれば通りたくありません!
特にきちんと区分けされた歩道が整備されていない道路では危ない思いをします。
● 減速しない・歩車間隔を取らないなど、交通弱者への思いやりが欠けたドライバーが存在します。
● スマホ、カーナビ、カーテレビなど、車の中にある機器がよそ見を助長するものとなっています。

市街地以外では道路を歩く人も少ないし、歩道が良くなることを期待するのは財政事情からも難しいと思います。今のままでもドライバーのマナーが向上すれば、問題はかなり改善されますが、歩道の整備にしろ、ドライバーのマナー向上にしろ、すぐには改善が見込めません。

すぐに取れる対策としては、危険な道を避けることです。
八十八ヶ所を巡る中で次の札所に向けてさらに心身を清らかにしていくことが遍路修行だと私は思っています。自分が穢れて(気枯れて)しまうような危険な道路は、この観点からも避けた方が良いように感じます。

お遍路さんの数もだんだん減少してきているようです。手入れの行き届かない山道のへんろ道はいずれや廃れる可能性もあります。
へんろ道とされているところにこだわらず、また遠回りをいとわず、状況に応じて自分が適当と思う道を選択することも必要だと思います。

なお、私は当初、ガイドブックのルートにしたがうことがお遍路だと思っていました。走りだと進行が速いのでちょこちょこマップを確認しなければいけません。そうしたら、お遍路の風景が記憶にはっきり残らないことに気が付きました。地形や、昔や現代の道しるべなどでルートが見えてくることもあります。しっかり顔を上げて自分の感覚を働かせたり、地元の人にも尋ねたりして土地々々の地理を肌で感じながらお遍路することが大切だと痛感しています。

【4巡め】区切り打ち第11回

【4巡め第11回】2019(R1)年12月上旬
愛媛県今治市菊間町~西条市小松町 約70km 2日間
・国分寺~横峰寺:白滝奥之院経由
・横峰寺~香園寺:白滝奥之院経由
<参拝札所>54番「延命寺」~62番「宝寿寺」

「宝寿寺」は納経時間の独自設定などで問題となっていましたが、四国八十八ヶ所霊場会に復帰することが決まっているらしく、他の札所と同様に別料金であった御影札が納経帳へのお納経料金に含まれるようになっていました。また、現在配布中の御詠歌札もいただけました。
正式復帰は12月16日(月)からのようで、それまでは第61番札所の第2駐車場に設けられた第62番札所「礼拝所」の開設は継続されるものと思われます。

(その他詳しい状況は後日加筆します。)

【4巡め】区切り打ち第10回

【4巡め第10回】2019(R1)年11月下旬
愛媛県久万高原町久万~今治市菊間町 約77km 2日間
・大宝寺~岩屋寺:峠御堂(とうのみどう)遍路道、八丁坂遍路道
・石手寺~太山寺:三津浜(故へんろみち保存協力会宮崎建樹氏宅付近)経由
<参拝札所>46番「浄瑠璃寺」~53番「円明寺」

(詳しい状況は後日加筆します。)

本当の自分を現すための修行、無我の境地

お遍路を始めて、自分の中に別の自分がいると感じるようになりました。煩悩に支配された自分を本当の自分だと思っている人は多いと思いますが、本当の自分は別にいます。

世知辛い世の中で生きていると、どうしても利己的になり煩悩にまみれるのは仕方がないことです。肉体の一部である脳は自分の肉体を守り・喜ばせようとする働きを行います。
しかしこれでは、自分は何のために生きているのか、本当のことがわかりません。

人間の感覚はあることを考えたとたん、感覚で得られる情報のうち必要なことを抽出して認知します。だから、過去やこれから先のことにとらわれて、いつも考え事をしている人は、常に五感にフィルターが掛かった状態になっています。本当ならば、もっと多くのことが見え、音や声が聞こえて、いろんなことがわかるはずです。
「今」をきちんと認識し、「今」を楽しんでいるかが、感覚を有効に正しく機能させているかの判断基準です。例えば、おいしい食事をとっているにもかかわらず、明日の不安のことに気をとらわれて味がまるでわからないでいるようでは「今」が台無しです。
また、お遍路をしているときに、仕事など日常生活のことに気を奪われることがよくありますが、そんなときは十分にお遍路を楽しめていません。頭が真っ白な無我の境地になったときに、お遍路をしていることそのものに幸せを感じ、心が穏やかになり、あらゆるものに感謝の念が湧いてきます。

あふれる情報に自分の気が奪われがちな世の中で、人それぞれに与えられた役目・使命を認識しそれを果たすためには、煩悩を生み出す頭をできるだけ使わないことが実は大切ではないかと思ったりします。それには心の奥底にある、本当の自分を現すための修行が必要です。
“無我の境地”がポイントだと思いますが、残念ながら日常生活の中でこの境地を得ることは難しそうです。これまでの経験で1週間くらいの区切り遍路をしたときに無我の境地になることがありました。短期の区切り遍路ではすぐに日常生活に戻りますから、やっぱり通し遍路が良いのかもしれません…

区切り遍路について思うこと

(注)過去に投稿した内容を上書き修正しました。

区切り遍路はその都度日常モードから修行モードへの切り替えに心身を慣らすために、いつもしんどい思いをします。
お遍路中は煩悩を滅するためにできるだけ頭を働かさず、心を働かせるように心掛けますが、特に初日は日常のことが頭に次々と湧き出てきます。日ごとに収まってきますが、区切り遍路を行うたびにこのような期間がありますので、何かもったいないです。

なお体力的には、日ごとに疲労が溜まってくるはずですが、不思議なことにエネルギーが満ちていくように感じます。帰宅したらどっと疲れが出ますので、単に気が張っているだけでしょうか?

【4巡め】区切り打ち第8回

【4巡め第8回】2019(R1)年11月中下旬
高知県宿毛市駅前町~愛媛県内子町内子 約123km 3日間
・宿毛~観自在寺:松尾峠遍路道
・観自在寺~龍光寺:柏坂遍路道、松尾峠遍路道
・仏木寺~明石寺:歯長峠遍路道
・明石寺~内子:鳥坂峠遍路道
<参拝札所>40番「観自在寺」~43番「明石寺」

(詳しい状況は後日加筆します。)